吉見百穴と武蔵松山城
「ショッカーのアジトを発見しました!」
と大声で叫びたくなるような場所が埼玉にある。
それがここ、吉見百穴。
岩山の一面にびっしりと四角い穴があいている不思議な場所。事前知識なしに訪れたらここが何なのかまず理解できないだろう。
実際、仮面ライダーをはじめ多くの特撮番組のロケ地に使用されており、その怪しさは他に類を見ない。
で、結局ここは何なのか。
古くは地底人コロボックルの住居とか宇宙人の基地とか言われていたが、現在は古代人の墓地ということで落ち着いている。
個室を覗いてみると寝台が備え付けられており、ここに遺体を安置していたのだろうということである。
それにしても、この凸凹加減は、嫌でも子供心をくすぐり、秘密基地ーとかゴッコ遊びがしたくなる。
こんな場所をロケ地に起用した特撮スタッフはさすがと言わざるを得ない。
コロボックルの住居説が出るほど一つ一つは小さな部屋だが、一つだけ大きな入口が存在する。
これは太平洋戦争中に軍事工場疎開のために開けられたもの。
内部はかなり広く、複雑に通路が繋げられて迷宮化している。
かの硫黄島要塞もこんな感じだったのだろうか、途中から先は鉄格子で区切られて暗闇に埋もれており、一人だと正直怖い。
山頂には茶店の廃墟がある。現在は麓に資料館兼土産屋がある。
向かいの山にも似たような洞穴群がある。
これは吉見百穴にインスパイアされた一人の男が作ろうとした岩窟ホテルの跡で、開発途中で放置され入れなくなっている。
岩窟ホテルのある山は武蔵松山城の城地である。
その麓には楼門のような建物があるがその先に寺はない。これ単体で岩室観音堂という一つのお堂なのだ。
観音堂の周囲には洞穴が穿たれ、四国八十八箇所が祀られている。
岩肌を縫うように置かれた階段から上に登る。
本尊は格子の向こうにあり拝観できない。
天井付近にはびっしりと絵馬や千社札が貼られており、信仰の厚さがわかる。
それにしても、見れば見るほど不思議な建物である。
観音堂の裏手の険峻な坂道から松山城に登ることができる(※現在は危険なため進入禁止)
かつては城門の役割も果たしていたのだろうか。
武蔵松山城は戦国時代関東の重要拠点の一つであった。
戦国初期、関東は古河公方足利家と関東管領山内上杉家、分家の扇谷上杉家の三すくみの状況にあり、その隙をついて台頭してきた後北条家に本拠河越城を奪われた扇谷家が拠点を移したのがこの松山城である。
扇谷上杉朝定は他2家と和睦して河越城奪還に乗り出すが名高い河越夜戦で戦死、扇谷家は滅亡した。
その後は武田上杉北条の関東三国志の主戦場として次々城主が入れ替わり、戦国終結とともに廃城となった。
本丸には寺か神社かの基壇が残っている。手水舎が残っているので神社だろうか。
題目碑が立っているので寺かもしれない。いずれにせよ、松山城の戦死者を供養するためのものだろうが、なぜ消滅したのかは不明である。
城内の構造は異様で、台形の山上部に縦横無尽に空堀が張り巡らされ、地形はかなり複雑化している。外周部で迎え撃つより城内に引き込んで惑わせてから叩くとでも言うような城である。
結構広大な城のようだが、吉見百穴で時間を使いすぎたために時間が遅くなり、明かりのない城内に留まるのは危険と判断して途中で退却したためにその全容を伺い知ることはできなかった。誠に残念なことである。
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2012.12.14 | | Comments(0) | Trackback(0) | 埼玉の城
